「円で返ってくる」って、こんなに気持ちが違うんだ…って気づいた日
ドル資産が増えていくのって、見た目は強い。
アプリを開くと、「あ、増えてる」って分かりやすいし。
でもね、ある日ふっと思った。
「で、あたしの家賃とスーパーと電気代は、円で来るんだよね?」
…当たり前なんだけど。
当たり前すぎて、投資のテンションに飲まれて忘れがちになるやつ。
円で生活してるのに、資産がドル寄りになると、
増えてるのに落ち着かない瞬間がある。
たぶんこれは数字の問題じゃなくて、言語が違うみたいな感覚。
そこで出てくるのが、あたしの「生活圏の席」。
生活圏の席=“現実とつながってる”席(1698を座らせた理由)
生活圏の席の役割はシンプル。
- 円で評価される
- 円で気持ちが落ち着く
- 「生活の延長」って言える
投資って未来の話をしてるようで、
実際は「いまの生活」の上に乗ってる。
だからこの席は、増えるかどうかより先に
“生活とつながってる手触り”を優先してる。
あたしはここに、国内の高配当ETF(1698)を座らせてる。
理由はたぶん、安心の正体がこの3つだから。
“円”というだけで、気持ちが暴れにくい
為替は、強いときは頼もしい。
でも弱いときは、あたしのメンタルに直撃する。
ドル資産が下がったのか、円高で見え方が変わったのか。
頭では区別してても、心が追いつかない日がある。
生活圏の席に円資産があると、
「全部が全部、為替で揺れてるわけじゃない」って言える。
この“逃げ場”が、地味に効く。
生活の景色で理解できる(=握力が残る)
国内株って、良くも悪くも身近。
ニュースも日本語。
企業名も、生活のどこかで聞いたことがある。
景気の話も、肌感がある。
この「分かる気がする」って感覚は軽視されがちだけど、
怖い日に、理解できないものから先に手放したくなる人間には、結構大事。
“投資してる”より“暮らしを整えてる”に近い
生活圏の席って、テンションが上がる席じゃない。
むしろ地味。
でも地味だからこそ、
「投資で人生変えるぞ!」みたいな熱が消えた日でも座っていられる。
あたしの中ではここは、
資産形成というより、生活の安定装置に近い。
それでも迷う(ここがASMIの主役)
いいことだけじゃない。
この席は、油断すると“安心”が別物になる。
日本に寄せすぎるの、怖くない?
円で落ち着くってことは、日本の中に置くってことでもある。
日本の景気、金利、税制、人口、政治…。
「日本の未来」に賭けてるつもりはなくても、影響は受ける。
だから、たまに自分に聞く。
「これは安心?それとも慣れに甘えてるだけ?」
配当の気持ちよさに引っ張られない?
分配や配当って、もらった瞬間うれしい。
でも、そのうれしさで判断が雑になることもある。
利回りの数字だけで席を増やすと、
生活圏の席が“刺激の席”に変質する。
あたしが欲しいのは、配当のドーパミンじゃなくて、生活の安定感。
ここ、忘れないようにしたい。
円資産って、伸びにくいのが普通じゃない?
米国株みたいな「うわ伸びた!」は起きにくい。
テンションは上がりにくい。
でも、生活圏の席に関しては、
伸びない=悪じゃない。
伸びない=退屈
退屈=悪
って思うと、投資がまた“刺激探し”になる。
…あたし、刺激じゃなくて、続けたかったんだよね?って戻す。
今日の暫定結論(断定しない)
生活圏の席に1698を座らせたのは、たぶんこういう理由。
- 円で落ち着く(メンタルの揺れ幅が小さくなる)
- 生活の景色で理解できる(怖い日に握力が残りやすい)
- 暮らしの安定装置として機能する
ただし、油断すると「日本に寄せすぎ」になりやすい。
配当の気持ちよさに引っ張られて、席の意味が変わることもある。
だからあたしは、この席をこう扱う。
「増やす席」じゃなくて、「落ち着く席」。
落ち着くためにあるなら、派手さがなくてもいい。
今日はここまで。
次回予告(席シリーズ:3/7)
次は 「触らない席」 に行く。
“触らない”って決めるだけで、なんで人はこんなに楽になるのか。
(ここ、投資の技術というより生活の技術な気がしてる)

