名刺の雨に、言葉が濡れた日
駅前のカフェで、隣の席の人が名刺を扇みたいに広げていた。
「これが私のブランドです」
声はよく通り、自信に満ちている。
あたしはカフェラテの泡を指でなぞりながら、「うまいなぁ」と感心した。
けれど胸の奥がざわつく。
自分そのものを商材にした瞬間に起こることを、あたしはうっすら知っていたから。

“演じる私”に布団を取られた夜
一度、真似してみた。
SNSのアイコンを整えて、言い回しも尖らないよう調整して、笑い方の記号まで揃えた。
反応は伸びた。
「いいね」が増えるたび、布団を引っ張られるみたいに、眠りが浅くなる。
頭の中で、次にウケる言葉ばかりを探していた。
自分を削る感覚があった
自分を商品にするのは効率がいい。
でも、その効率の中で、あたしは自分の芯を削っていた。
日常の中の自然な言葉や感情まで、数字のフィルターを通して見るようになり、息苦しくなっていった。
その生活を続ける未来が、まったく想像できなかった。
やめるときに決めた三つのこと
- 数字に心を縛られない
- 自分の言葉を軽くしない
- 演じる私を生活に持ち込まない
売るのは“あたし”ではなく、“あたしがやったこと”でいい。
そう決めたら、少しだけ眠りが深くなった。
売れる顔より、眠れる心。

