自分の遅さ”を叱るの、もうやめへん?

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比べ癖が心を削る朝

朝いちばん、まだ頭も起ききってへんのに、指だけ勝手にスマホを開く。
SNSのタイムラインには、「朝活終わりました」「今月もこれだけ達成」って文字がずらっと並ぶ。

そのたびに、胸ん中でカンカンカン…って、焦りの鐘が鳴る。

──あの人はもう三歩先。
──あたしは今日も足踏み。

そう決めつけた瞬間から、手は止まり、思考は空回りしはじめる。
何もしてへんのに、心拍数だけが上がっていく感じ。

ほんまはまだ一文字も書いてへんのに、
「遅い自分」を叱る声だけは、一人前にうるさい。

仕事を始める前から、心だけ先にぐったりしてる朝って、だいたいこんな流れや。

早さ信仰が生む“粗さ”というコスト

「早く出した方がえらい」「スピードは正義」
世の中の空気として、そのロジックはよう分かる。

でも正直言うと、あたしが“急いで片づけた原稿”ほど、
あとで読み返したときに、うすっぺらく見えてしまう。

誤字も多いし、話の筋も甘いし、
なにより「これ、ほんまに言いたかったこと?」って自分で首かしげる。

逆に、時間をかけて寝かせた文章は、
数日置いてから読み返しても、そんなに崩れてへん。

  • 一晩置いてからもう一回読む
  • 他の人にも読んでもらうイメージで見直す
  • ちょっと離れて“別人の文章”としてチェックする

この「手間」を全部削ったら、
そら早くは仕上がるけど、そのぶん“粗さ”というコストも払うことになる。

「遅い」のやなくて、
必要な時間をちゃんと払ってるだけなんちゃう?

そう思い直した瞬間、
少しだけ、肩の力が抜けた。

「遅さ」の正体を細かく分解してみる

とはいえ、「遅い自分」をまるっと肯定するのも違う気がして、
一回ノートに書き出してみた。

  • 完璧主義で、いつまでも直したくなる
  • 情報を集めすぎて、選べなくなる
  • 着手が遅くて、エンジンがかかるまでが長い
  • 通知や雑音に、すぐ気を取られる

こうやって見ると、「遅さ」って一枚板やない。
いろんな要素の詰め合わせセットやった。

だから、一個ずつ小さく手当てしてみることにした。

  • 完璧主義には → 「80点で提出」のマイルール
  • 情報過多には → 「参照する記事は3本まで」
  • 着手の遅れには → 「まず2分だけ触る」
  • 環境ノイズには → 「通知を全部オフ」

こうして分けて見ると、
“遅さ”って、意外と軽いスイッチの寄せ集めなんやな、と思った。

自分の時計で歩く一週間

他人のペースに合わせようとすると、
なんか呼吸が浅くなる。心臓だけ前に走っていく感じ。

そこで一回、自分仕様の週間リズムを決めてみた。

  • 朝は「下書きだけ」
  • 昼は「推敲したり構成を直したり」
  • 夕方は「確認と微調整だけ」
  • 夜は「インプットと読書タイム」

一週間単位では、

  • 月曜:構成を組む
  • 火曜:1稿をザーッと書く
  • 水曜:推敲と削り込み
  • 木曜:図表や見出し調整
  • 金曜:最終整えと入稿
  • 土日:吸収とぼんやりタイム

こんなざっくりルーティンにしてみたら、
不思議と、出力の安定感が増えてきた。

トータルで使ってる時間は、
早く仕上げようとあたふたしてた頃と、そんなに変わらへん。

変わったんは、

「他人の時計」から降りて、
「自分の時計」で歩き始めたこと。

“遅い”というラベルの中身は、
ただのあたしの最適テンポやっただけかもしれん。

他人の速度に飲まれないための防波堤

それでも、ときどきまた波が来る。
「○○さん、本を出しました!」
「××さん、売り上げ●●万円突破!」

そんな投稿が目に入ると、
一瞬で心がひゅっと持っていかれる。

そういう日は、意図的に自分を守る防波堤を立てる。

  • 朝はSNSを見ない(見てもいいのは昼以降)
  • メールチェックは11時と16時の2回だけ
  • 会議の前後に15分、ノートを開くだけの“白紙タイム”を入れる

他人のリズムに振り回されない仕掛けは、
「意思の強さ」じゃなくて、環境設計で作るもんやなと実感してる。

進みが遅い日に、あたしがやる三つのこと

どう頑張っても、今日はペース乗らんなぁ…って日。
そんなときは、自分を責める前に、やることを三つに絞る。

  1. 量より質のToDoをひとつだけ決める。
    (見出し一本、導入一段落だけでもOK)
  2. 25分タイマーで淡々と刻む。
    終わらせるより、「今日はここまで」でちゃんと止める。
  3. 寝る前に「今日のあたし、ここはよかった」一行日記を書く。
    どんなに小さくても、前に進んだ証拠を残しておく。

結果が細い日にこそ、
明日に繋がる“支点”を増やす。

マラソンじゃなくて、
ちっちゃい積み木を一個ずつ重ねるイメージ。

結果が出るまでの、静かな耐久

「遅さを受け入れる」って聞くと、
どこかで「自分に甘い」感じがするかもしれん。

でも実感としては、むしろ逆や。

  • 自分の質を守るために、ペースを決める
  • 小さく進んで、小さく振り返る
  • それでもへこたれずに、また同じペースで積み上げる

これはたぶん、派手さとは真逆の世界。
でも、壊れにくい基礎は、案外こういう地味さの中でしか育たへんのやろな、とも思う。

気がついたら、
他人の速度はだんだん視界の外側に去っていって、

  • 「あの人がどう」じゃなくて
  • 「今日のあたしはどうやった?」だけが残る。

その静けさの中で、
ようやくやっと、自分の仕事と向き合えるようになってきた気がする。

魂の一句

遅さは、欠点やなくて、あたしのテンポや。

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