やる気がないんじゃない。“言葉にできない”だけやったんや
あの夜、ノートを開いて5分。
何も書けんまま、ぼーっと天井見てた。
「やりたいこと? 今の気持ち? 目標?」
頭の中、まっしろ。
何を書いてええかすら、わからんかった。
そんな自分を見て、最初に出た言葉は
「はあ……もうダメかも」やった。

でも、それって“終わり”やなくて、“始まりの合図”やったんかもしれん
数日後、ふと気づいた。
ノートが書けなかった日、あたしは「何を感じてるか」すらわかってなかったんや。
頭も心もパンパンやのに、何も言葉にならへん。
ほんまは疲れ果ててて、
思考が渋滞してただけやったんかもしれへん。
「わからん」っていうのは、
今の自分を、やっと正直に見つめた証拠やった。
“止まってる”のは、あかんことなんかじゃない
あたしはずっと、「動いてへん=サボり」やと思い込んでた。
でも今は思う。
止まってるときって、
心のどこかが「まだ動いたらあかん」って言うてるんや。
不安かもしれんし、恐怖かもしれんし、体力かもしれん。
でもそれは、
“いまの自分に必要な速度”なんよな。
“真っ白”じゃない。“余白”があるだけ
「何もない」って、ほんまにそうか?
そう自問したとき、ふと思った。
ほんまは、何もないんやなくて──
「まだ選んでないだけ」なんちゃうかって。
白紙って、“可能性しかない状態”でもある。
過去も未来も、いったん置いて、
「今の自分」に戻るタイミングやったんやと思う。
迷ってる自分にも、ちゃんと意味があるって気づいた日
いま、こうして言葉にしてみると、
「わからん」って、悪いことじゃなかったんやなって思える。
あの夜、ノートが書けなかった自分にも、
伝えてあげたい。
あんた、止まってただけやで。
焦らんでええ。それも、スタートや。

