“短期ブーストのSNS代行”、稼げたけどやらんかった

やらなかった選択

数字を伸ばすのは、正直ちょっと得意やった

あたし、SNSの数字を伸ばすこと自体は、正直そこそこ得意なほうやった。

  • ハッシュタグを調べて
  • どの時間帯に誰が見てるかを予測して
  • 伸びやすいパターンの文章と画像を組み合わせて出す

案件で預かったアカウントを、
3日でフォロワー2倍にしたこともある。

「ここで少し炎上寄りのフレーズ混ぜたら、拡散しそうですね」
なんて、ちょっと攻めた提案をしたこともあった。

そのときは、

「ああ、稼ぐってこういうことなんやな」

って、どこか冷静に思ってた。
スピード勝負で、数字が上がれば評価される世界。
ゲームとして割り切れば、たぶん悪くない仕事やったと思う。

でも、心が荒れるのは一瞬やった

ただ問題は、あたしのメンタルのほうやった。

数字を追えば追うほど、感覚がマヒしていく。

  • どんな言葉なら“刺さる”か
  • どの画像なら“釣れる”か
  • どこまで煽ったら“ギリ炎上手前”で止まるか

そんなことばっかり考えるようになって、
いつの間にか、夜中の通知音にビクッとするようになってた。

最初は「バズって嬉しい」が勝ってたのに、
だんだんそれが、

「バズらへんかったら、どうしよう」

に変わっていく。

ここまでいった瞬間、
あたしの中では、

「あ、これもう負けてんな」

ってはっきり分かった。

SNSは、仕事になった途端“毒”にもなる

もともと、あたし自身もSNSは普通に使ってる。

  • たまに日常のことを書いたり
  • 気になる記事をぽんとシェアしたり
  • こっそり人の愚痴を眺めてニヤッとしたり

その程度なら、ただの“ゆるい遊び場”や。

でも、それが「仕事」になった瞬間、
SNSはあたしにとって毒のツールになった。

  • 数字を背負う
  • 炎上リスクも背負う
  • クライアントの期待も背負う

アルゴリズムと人の感情の波に、
24時間ずっとつき合わされてる感じ。

「遊びでやってるから面白い」世界を、
“収益源”として請け負ったとき、
心が削られていく速度は、自分でも引くくらいやった。

「向いてない」と認めた理由

じゃあ、なんで続けへんかったん?って言われたら、理由はいくつかあって。

  • 24時間どこかで気を張ってる感じが無理やった
  • アルゴリズムの機嫌に合わせ続けるのが、じわじわしんどかった
  • なにより、「自分の言葉」がだんだん遠のいていく気がした

案件が取れれば、お金はちゃんともらえる。
数字も成果も、分かりやすく見える。

でも、

「稼げるけど、暮らしが荒れていく副業」

は、あたしの中では“ナシ”やった。

シンプルに言うと、

向いてない。それだけ。

稼げるかどうかより、
あたしの生活リズムと心のコンディションに合うかどうかのほうが、
あとあと効いてくるんやなと気づいた。

代わりに選んだのは、“じわ伸び”のほう

SNS代行を手放したあと、
あたしが残したのは、地味な「じわ伸び」のほうやった。

  • ブログ
  • note
  • たまにKindle

どれも、一気に跳ねるタイプではない。

でも、

  • 自分のペースで書ける
  • 読んでくれる人が、少しずつ増えていく
  • 過去の文章が、時間をかけて誰かに届いていく

そんな「ゆっくり効いてくる世界」のほうが、
あたしには圧倒的に合ってた。

SNSの短期ブーストは、
ロケット花火みたいに派手で気持ちいいけど、そのぶん落差もえぐい。

あたしは結局、

「今日も、のびのび書けたな」

って思える文章との付き合い方を、選んだだけなんやと思う。

魂の一句

伸びより、のびのび。

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